Friday, September 30, 2011

舌が白い・・・

先日旦那がユミの舌が白いことに気がついた。インターネットで調べるとミルクが残っているもしくは口腔カンジダ症と書いてある。ミルクなら拭いたら取れると書いてあるのでさっそく拭いてみるが取れない・・・もしかして病気?ということで小児科に電話。
アメリカでは病院に行くには必ず予約が必要。いきなり行って診てくれるのはおそらくERだけだと思われる。
いずれにしても緊急ではないので病院に電話する。受付の人に留守電を残すように言われ電話を転送される。アメリカでは何をするにも話したい人と直接話すことは出来ず、自動音声対応か留守電。そしてその後かけなおしてくる。なのでそのかけなおしの時に取り逃すとまた一からやり直し・・・なんとかならないもんかね。
そして医者から昨夜電話がありとりあえず診察してみないと・・・ということで今朝病院へやってきた。
舌の白いのはカンジダ症ではなさそう。だが、先日から出来ているDiaper rush(おむつかぶれ)が治らないのでそのお薬をもらう。毎日チョロチョロと何十回もうんちをするのは特に心配の必要なし、ミルクを飲むのにゼーゼー言うのも胸の音を聞く限り問題なしとのこと。
先生に大丈夫と言われると安心する。来て良かった。

出生届

今日は朝から私の検診がありました。帝王切開の傷の確認だけなのですぐ終了。順調に治っている模様。


で、前からやろうやろうと気になっていた、日本への出生届。本日郵送しました。
必要な書類は・・・
カリフォルニア州発行のBirth Certificate 2枚
一枚19ドルもするのになぜ2枚も必要なの???アメリカなんかなんでもかんでもコピーでいいのに。グリーンカードやパスポートの申請の時ですらコピーでいいのに、なぜ日本はオリジナルがしかも2通いるのさー。
- 出生届 2枚
これも何故かオリジナルが2枚いるので同じことを2回書きました。何でコピーじゃダメなんだろ。
ちなみに日本の名前は、こっちのファーストネームと同じにしました。ミドルネームは日本名だけど、あえてファーストネームは同じにしちゃいました。もし大人になって日本国籍をとるときになじみのない名前じゃアレかなと思ったので・・・
ちなみに日本は2重国籍を認めていないですが、アメリカはOKです。日本の法律では22歳になったら国籍を選ばなくてはいけません。アメリカ国籍を選べば日本国籍は喪失します。だがしかし、もし日本国籍を選んだら、日本国籍はそのまま、アメリカ的にはアメリカ生まれであればアメリカ国籍なのでアメリカ国籍もそのまま残るわけです。なんかややこしい・・・
- 出生証明書の和訳
これが以外にめんどくさい。訳すのは誰でもいいのだけど、書式がBirth Certificateと違うのでちょっとややこしい。カリフォルニア州のBirth Certificateにはわたしの名前は旧姓で載るのだが、この和訳の書式にはラストネームの欄と旧姓の欄と2つある・・・どうすればいいのだ。
思い切って日本領事館に電話したところ、親切に回答してくれました。ラストネームの欄の下にカッコして旧姓と書いておけばOKとのこと。あーややこし。
- 戸籍謄本のコピー(あれば)
- 日本人である父母のパスポート、在留資格を証明するもののコピー


というわけで以上を揃え、本日無事に郵送しました!問題ありませんように!



Newborn Picture (9月24日)

Newborn Pictureをとってもらいました。Newbornといってももう生後3週間経ってますが。
昼過ぎにPhotographerのPriskaさんが来てくれて、家で写真撮影です。
ユミはダイパー1枚で色んなポーズをとって撮影しました。結構さまになってるのもあって、出来上がりが楽しみ。
写真ができたらBirth Announcementも作りたいと思ってます。また出来たらここで報告しますー。

Wednesday, September 28, 2011

再び検診(9月22日)

本日はまず私の検診から。
久しぶりに自分で運転して病院へ・・・なんか怖い。これ自分ひとりだからいいけど、しばらく人乗せて運転したくないなぁ・・・
そしてFetal Assessment Unitへ。ここは何度もNon Stress Testで通った場所。こんなことで再びここへ来ることがあるなんて思ってもなかった。というのは、ここは胎児の検査をする場所なので妊婦さんが来るところなのです。なぜここかと言うと、担当のOBの先生のオフィスがここにあるから、だと思う。


ついたのがギリギリでちょっと早足できてしまった・・・タダでさえ頻脈なのに早足になったらよくないんだけど・・・案の定、血圧はOKだったけど脈拍はちょっと高かった。
しばらく処置室で待たされる。次にユミの検診があるのでちょっとやきもきし始めたころドアが開いた。お産のときに吸引と帝王切開の傷をやり直してくれたOBドクターだった。帝王切開の傷は順調に治っているらしい。甲状腺の事に関しては、2-3ヶ月すれば数値も落ち着いてくるだろうから、そしたらまた妊娠してもいいと。一応2人目を考えていたのでこれは嬉しかった。ただ、作る前に必ずここへ来て診察を受けること、と言われる。
そして診察も終わったころまたドアが開いた。私がERに行った時から担当してくれていたOBドクターだった。わざわざ私に会いに来てくれたようで、挨拶だけして出て行った。ちょっと嬉しかった。


そしてその後はユミの検診へ。体重は9ポンド5オンス(4225グラム)。また増えている。
甲状腺の検査の結果を聞いた。一応問題ない数値だが、一応Pediatric Endocrinologistに連絡して状況を確認するとのこと。問題ないって早く言い切って欲しい。どうか、何もありませんように。



Tuesday, September 27, 2011

母乳指導(9月20日)

母乳指導のため、マタニティエクササイズの先生、たかよさんが来てくれた。
あまりにもユミが飲んでくれない上に、母乳を上げようとすると大泣きして胸を叩いて嫌がるので、母には「かわいそう」旦那にも「無理しなくていいんだよ」と言われていた。無理をしていると言うよりも、せっかく出ているので飲ませてあげたいと言うのが私の気持ちだったんだけど、そういう風に言われると落ち込む。
ま、あきらめてミルクで育てるにしても、やるだけの事はやらないと・・・と思って先生にも来てもらう事にした。一旦母乳が出なくなればもう母乳に戻ることは出来ないので・・・

たかよさんはまずぐずり出したユミを抱き上げて、泣いているユミに「そうだったのー、うんうん」と相槌を打っている。ドゥーラでもあるたかよさんは、さすが慣れた手付きでオムツを換えている。しばらくしているうちにユミがゲップとオナラをした。どうやらお腹にガスがたまっていたらしい。飲ませた後にちゃんとゲップさせたつもりだったんだが、まだたまっていたらしい。
そして私の胸をチェック。ちゃんと母乳は出ているらしい。そして私の胸の上にユミを乗せて乳首を探させる・・・生まれた直後にこうして探させるらしい。ユミは私の上で散々泣いて結局自力では見つけられなかったが、しばらくして落ち着いたユミはちゃんと私の母乳を飲み始めた。
やっぱりスキンシップが大切らしい。あと、散々泣かせて発散させたのも良かったらしい。

その後ユミは多少嫌がることもあるが、順調に母乳を飲んでいる。夜はミルクを足したりして混合ではあるが、完全母乳でなくても大満足。たかよさん、ありがとう。

Monday, September 26, 2011

母乳問題

うちの母は母乳が出なかったらしく「あんたもも出ないわよ」と散々言われていたのですが、なんとか出ている模様。ただ、ユミが飲んでくれない・・・
原因は明らか。まず産まれてすぐユミがNICUに入ったため、授乳できなかったこと。通常は産まれてすぐ胸の上に乗せてくれて、授乳できなくても触れ合うことが出来るのだが、私の場合は授乳できたのも翌日でしかも自分の体の調子が悪すぎてなかなか授乳できなかった。それでも少しずつではあったが飲んでくれるようにはなったのが、すぐ入院してしまった。入院中は搾乳を続けてなんとか母乳の出はキープしたが、哺乳瓶に慣れてしまっているユミはとにかく飲んでくれない・・・
以前Navy HospitalのLactation Consultant(日本で言う母乳指導)のところに行ったが、あんまりためにならなかった・・・でも行かないよりマシなのかな・・・
と色々考えているうちに、名案を思いついた。以前妊娠中に行ってたマタニティエクササイズの先生に相談してみよう。先生なら色々知識もあるだろうし、最悪の場合でも誰か紹介してくれるはず。
もちろん出産後忙しすぎて連絡してなかったので、出産の報告と共に母乳の相談に乗って欲しい旨メールを送った。なんと15分後に返事が。あさっての午後家まで来てくれるとのこと。これで何とかなるかも・・・

Sunday, September 25, 2011

血液検査 (9月16日)

ユミの甲状腺の検査をするために再び病院へ。
体重は9ポンド2オンス(4135グラム)に。日に日に大きくなっている様子。
行っている病院では検査は出来ないので、別の大きな病院へ。子供病院なのに、とにかく広くて迷路のよう。
最初にLab行ったが誰もいない。もらった紙に書いてあった番号にかけると、別の場所らしい・・・その後もぐるぐる回ってやっと到着・・・
赤ちゃんは血管から血液を取れないので、かかとを切って血をとられます。ユミはこれが大嫌い(まぁ好きな人はいないと思うけど)。ごめんね、何度も検査ばっかりで。結果がよいことを切に祈ります・・・

2週間検診 (9月15日)

旦那に病院に迎えに来てもらって、退院後そのままユミの2週間検診へ。あえてNavyの医者ではなく、外の医者を選びました。Navy病院も悪くはないんだけど、色々決まりがあって面倒なときもあるので・・・


まずは体重測定。8ポンド12オンスに(3975グラム)に!私に甲状腺の異状があることを話し、検査をしてもらうことに。どうか、ユミには何もありませんように・・・
それ以外のものはとりあえず順調とのこと。健康に育ってね。

退院まで

9月13日
朝またEndocrinologyのドクターがやっていた。放射性物質を検査で使うが、48時間たったら授乳OKとのことなので承諾した。一体どんな検査なんだろう・・・
昼ごろナースが呼びに来てNuclear MedicineのUnitへ。放射性物質があると言うことを知らせるサインがあちこちに・・・(↓こんなやつ)


そしてCTスキャンのような大きい機械のある部屋に通され注射を打たれる。この注射にも放射性物質のサイン(↑)が!怖い。本当に大丈夫なのだろうか・・・
その後機械の上に横たわらされ、首の辺りを撮影される。動くなと言われるが、いざ動くなといわれると首や肩がこってくる・・・早く終わってくれー。


部屋に戻ってTVでやっていた映画Iron Manを見ているうちに旦那から電話が。旦那のお母さんが到着して、今から一緒に来るらしい。
旦那のお母さん、うちの母、旦那、ユミが来てしばらくしたら友達のBさんも来てくれた。色々話したいのだが、うちの母が張り付いてしかもよくしゃべるのでなかなか話が進まない・・・
そうしてみんな帰っていった・・・いいなぁ私も早く帰りたい。


9月14日
この日は検査も何もなくとにかくヒマだった。OBドクターが来て、検査の結果はやっぱりGraves Diseaseらしいといわれた。Endocrinoloryから電話があり6週間後にフォローアップの予約を入れろとのこと。6週間もほったらかされるのか。
今はとにかく早く家に帰りたい・・・


9月15日
朝OBドクターがやってきた。以前からこの日にユミのPediatrician(小児科)の予約があることは伝えてあり、それには行かせてもらえることになっていたのだが、外の病院だと伝えると状況が一変・・・OBドクターが絶対にいけるように頑張るからとは約束してくれたが、どうなることやら。
30分ほどしてドクターが戻ってきた。いま退院の手続きしてるわよ、とのこと。やっと家に帰れる!Pediatricianの予約にもいける!結局1週間の入院生活でした・・・

普通の病棟へ・・・

9月11日
この日も朝から旦那がユミと母を連れてきてくれた。母に甲状腺のことを話すと、母の知人にも何人かいるらしい。ちなみにちょっと大きめの人ばっかりだった。私も大きくなってしまうのだろうか・・・

この日はNFL開幕の日だったのでアメフトのゲームを旦那が見始めると、私の部屋についているCorpsman(直訳だと衛生兵、軍所属の病院で働いている人)がやたら部屋に入ってくる(笑)。彼もゲームを見たいんだろう。
そうこうしているうちにドクターが来て、あと数時間でICUから出られると言う・・・どうやら私の血圧や脈拍が薬のおかげで相当落ち着いてきたらしい。しかしいつになったら帰れるのだろうか・・・


そしてAnte-Partum Unitへ移動した。ここは妊娠中に問題のある人が入院するところだ。なんか変な感じ。
夜は旦那と一緒に旦那のお気に入りのチームであるDallas Cowboysのゲームを見た。旦那はずっと前からこの日を楽しみにしていたのだが、まさかICUの病室で見る事になるとは・・・
NFL開幕の日が9月11日で、ゲームはNYにてJetsとの試合だった。9・11のTriuteゲームなのでJetsを応援するムード満点で、結果Cowboysは負けてしまったが・・・
9・11から10年もたつんだな・・・あの日は私は仕事で大阪の某テレビ局にいて、生中継を見ていたのを思い出した。

9月12日

普通の病棟に移ってきてから、とにかくヒマになった。ICUにいたときはモニターされていてひっきりなしに人が来ていたが、誰も来ないし他にする事もない。TVをつけてもこんな平日の昼間に面白い番組なんかやってるわけもない。Kim Kardashianのファミリーのリアリティーショウの"Keeping up with Kardashians”というとてつもなくくだらない番組を見てしまった・・・あまりにヒマなので旦那に頼んでDVDを何本か家から持って来てもらうことにした。
夕方Cardiologyのテスト(心臓のエコー検査)を受けて部屋に戻ってしばらくすると、Endocrinologist(内分泌科のドクター)がやってきた。私の目と喉と指先を検査して多分Graves Disease(甲状腺機能亢進症、いわゆるバセドウ病)と言われた。もともと病気で、おそらく産後にひどくなったのだろうとのこと。そういう人が多いらしい。詳しい検査には放射性物質が使われるので、いま授乳中だからNuclear Medicineと相談すると言われ、ドクターは帰っていった。
難病指定されてしまった・・・かなりショックを受けた。薬さえ飲んでいれば大した病気ではないといわれたが、薬を飲んでいなければ大した病気だと言うことだ。いままで大きな病気をしたことがなかったし、いきなりそんな難病になるとは思っても見なかった。なんせここに最初に来た時は熱以外の自覚症状が全くなかったのに。
逆に言えばあの時に熱が出てERにいってよかったともいえる。でなければ今頃まだ家で寝転がるたびに咳をしていただろうから・・・

再び入院

しばらくの間更新が滞っていたのですが、実は入院してしまってすっかり出遅れてしまっています。
今後も色々続くと思うので、記録として残しておこうと思います。


9月9日
午前中に買い物に行く。帰ってきて昼食をとり少し横になろうと思ってベッドに寝転がってすぐなんだか寒いことに気付く。家にいた旦那に頼んで毛布をかけてもらうがまだ寒いので毛布を増やしてもらう。まだ寒い。ああ、これは熱が出るなと思った。痛み止めの薬は解熱剤でもあるのでそれを飲み、少し寝て起きたら寒気はなくなって汗をかいていた。熱を測ると100.3度(摂氏だと38度)。これは病院に行かなければいけない体温だ。なんだろう、乳腺炎かな帝王切開の傷のせいかな、と思いつつ
旦那にER(救急)へ連れて行ってもらう。
受付で事情を話し、まずはTriage room(どういう症状か検証するところ)へ。熱は下がっていたが、血圧が高く脈が速いということで、脱水症状だろうということで点滴を打たれる。
でも一向に良くならない。横になっていると咳が出る。そういえば3-4日前から横になると咳が出て起きることが何度かあった。OB(産科)のドクターがやってきて帝王切開の傷を見て、少し化膿していると言われる。
薬を処方されてすぐ帰されると思ってきたのに、奥の部屋に移動させられる。いつ帰れるんだろう?家に母がいるのでユミの面倒は見てもらえるけど・・・
肺に異状が見られるとのことでレントゲンとCTスキャンを受ける。肺にClog(栓)があるかもとのこと。産後によくある症状らしい。そして体内の酸素レベルが低いとのことで酸素マスクをつけられる。内科の先生が来てUltrasoundで心臓の検査をされる。なんだか大変なことになってきた・・・
何時間かその状態が続き、どうやら肺に水がたまっていることが判明。心臓が動きすぎて水分が逆流し肺に水がたまってしまったそう。体中のひどいむくみもどうやらそのせいらしい。
体から水分を出そうとのことで注射をされる。これで何度も何度もおしっこに行き、酸素レベルや脈拍が少しマシになってきた。同時に抗生物質を点滴でいれられ、検査のために何度も何度も血液をとられる。そのせいで両腕が針だらけで内出血してしまった。
そのうち、さっきの内科の先生がやってきた。これで解放かと思いきや・・・状態をモニターし続けたいのでICUに移動するとのこと。ICU?そんな大げさなことなの?私これからどうなるの?生きて家に帰れるの?内科の先生は念のためと言うが本当なんだろうか?
そしてICUへ・・・色々なモニターをつけられる。もっと仰々しいところを想像していたのだが、意外と普通の病室だった。ただ、ナースが一人一部屋ついてくれる。ナースコールを押すと飛んでくる。
ここからいつ出られるんだろう・・・私どうしちゃったんだろう・・・今まで病気なんかしたことなかったのに・・・不安な夜をICUで過ごしました。


9月10日
旦那がユミと母を病室に連れて来てくれました。モニターがたくさんついてるので体が思うように動かないので色々うまく行かないけど、ユミに会えるのは嬉しい。
今日もまたおしっこをたくさん出す薬を打たれ、何度も何度もトイレへ。そのたびにモニターをはずしてもらわないといけなくてナースを呼ぶことになるので、結構迷惑・・・でも好きでトイレに行ってるわけじゃないしね。トイレに行ってなにか黄色いものがついてるのに気付く。帝王切開の傷が本格的に化膿し始めているらしい。
そうこうしてるうちにドクターがやってきて、私は心臓に問題があるのではなく、Thyroidの問題があると言われる。Thyroidって何?と思って手持ちのiPhoneで調べると甲状腺のことらしい。色々調べていると産後に甲状腺に問題が出ることが多いらしいが、なんか本格的に大変なことになってきた気がする。
夕方になってOBドクターがやってきて帝王切開の傷を見る。傷を開いて化膿している部分を取る作業をすることになるらしい・・・せっかくちょっと治ってきたと思ったのに、また開くのかー。ま、この方が早く治るらしいのでしょうがないか。麻酔するのかと思いきや、なんか簡単なものだけらしい。縫った傷開けるのに麻酔ナシかよ、とかなりの覚悟をしたが、違和感はあったけどそこまで痛くはなかった。ただ、傷は見たくないのでずっとよそ見をしていた。ちなみにこの治療をしてくれたのはユミを産む時にVacuumをしてくれたドクターだった。縁があるというかなんというか・・・


というわけでこの入院騒動しばらく続きます。

Wednesday, September 21, 2011

退院後

出産して退院した翌日、黄疸の検査もかねて新生児検診がありました。
黄疸の状態は良かったんだけど体重の笛が悪いとのことで翌日再び検診へ。無事に体重増えていたので大丈夫でした。
ついに子育て生活がスタートしました。3時間おきに起きるって本やネットに書いてあったけど本当で結構大変。でもユミはお腹がすいたとき以外は泣かないので比較的楽なほうかも。おなかの中暴れまわってたからどんな子が生まれてくるか心配だったけど・・・確かに手足は良く動くけど(笑)
しかし、私のほうが全身むくむくにむくんでいて動くのがしんどい。帝王切開のときにIV(点滴)をたくさん入れるのでむくむのは普通のことだと言われたけど・・・いつになったらむくみが取れるのだろうか。。。
しかし、わが子はかわいい。わが子を見ていると今までになかった感情が沸いてくる。生まれてきてくれてありがとう。元気に育ってね。

Wednesday, September 7, 2011

入院生活 - 9月1日~3日

もう実は数日前に退院しているのですが、出産のための入院生活のことを少し書いて残しておこうと思います。
アメリカでは基本的に出産後普通分娩の場合は24時間、C-Sectionの場合は48時間を目安に退院となります。日本のように1週間とかではないので、くつろぐ暇もないのですが・・・
ですが、私の場合予定外の帝王切開で、さらに子供はNICU(新生児集中治療室)にいることもあり、退院時期に関しては様子を見てと言うことになりました。結果的に出産後3泊で退院しました。


9月1日
出産後初めての夜は旦那と母には家に帰ってゆっくり寝てもらうつもりでしたが、麻酔が効いていて全く動けないのと子供がNICUにいることもあり、旦那に泊まってもらうことにしました。
そして明けて9月1日、旦那は学校へ行く前に母を連れて来てくれました。旦那が昼過ぎに病院に戻ってからNICUに様子を見に行くことにしました。
午前中に色んな人がやってきました。
まずBirth CertificateとSocial Security Numberの受付。この申請のためには名前が必要です。本当は生まれてゆっくり顔を見てから決定するつもりでしたが、昨日のうちに旦那がFacebookにてフルネームを公表してしまいました。ファーストネームは英語名、ミドルネームは日本名にしました。このブログでは日本名からとったユミと呼ぼうと思います。
その後Lactation Consultantが来て授乳について教わりました。NICUにいるのでとりあえず搾乳することを勧められました。出るのかな?
そしてナースがやってきました。昼に旦那が戻ったらNICUに行きたいと伝えると「歩く練習をしなくちゃ」と言うのです。そんな大げさなと笑ったら「あな大きな手術したあとなのよ」と言われました。私は帝王切開を甘く見ていた模様です。
とりあえず点滴をはずしてもらい、トイレまで歩く練習です。練習と言ってもトイレまで4・5歩です。余裕と思いきや・・・まず足が思うように動かない。みればありえないくらいパンパンにむくんでるし。足と言うか足全体がむくんでいて、太ももからお尻にかけてまでむくんでいました。帝王切開で血がたくさん出るのでその分点滴をするからむくむのだそうです。
そしてナースの手を借りて立ち上がる・・・クラクラします。もう2日ほど立ち上がってないので当たり前とも言いますが・・・
そしてトイレまで・・・この4-5歩が長い長い。なんとかトイレまでたどり着きました。
そこから尿道に入れられていた管を外しました。ちょっと痛かったけど一瞬でした。
トイレに行くのも人の手を借りる状態・・・本当に大きな手術のあとです。


その後旦那が戻ってきたのでNICUへ。車椅子を借りる。正直そんな大げさなと思うが、トイレに行くのにもあんなに時間がかかるので、歩いていくのは無理となるとそれしか手段がない。
NICUの前は2重扉になっていて、最初の扉を入ったらまず手洗い。そのあとインターホンを押して中へ入る鍵を開けてもらい、腕についている札を見せる。これが一致しなければ入ることは出来ない。この札は私と旦那だけが持っていて、それ以外の人は私たちがエスコートしなければ入れない。
奥に入っていくと、わが子が寝ていた。周りには未熟児で生まれた子が保育器に入っていたりしたが、ユミは保育器ではなくバシネットに寝ていた。が、体に点滴やらなんやら、いくつか管がつながれていてちょっと痛々しかった。
それでも顔はツヤツヤしていたし、元気に手足を動かしている。初めてゆっくりと眺めるわが子の顔・・・なんとも言えない感覚になった。
とりあえずオムツを替えさせてもらい、現在の状況を聞くために担当のナースを待った。吸引されてできた頭の内出血は徐々に収まってきている、がその内出血のため黄疸がひどくなっていることを告げられた。新生児は黄疸が出るものだが、値が高いのでもう少し様子を見たいとのことだった。黄疸さえ収まれば後は問題ないということを聞いてほっとした。
その後始めての授乳。さっき部屋に来たLactation Consultantが来てくれてとりあえずColostrum(初乳)は飲ませることが出来た。Colostrumは産後3日間くらいの間出るもので、私が持っている免疫などが含まれていて、それを体内に取り入れることにより免疫をつけることができるそう。
授乳に対する不安も大きかったが、とりあえず最初の関門は突破した模様。このままうまくいきますように・・・
夕方友人Bさんがお見舞いに来てくれた。一緒にNICUに行きユミを見てもらった。とても喜んでくれて私も嬉しかった。彼女は写真を撮るのが上手なのだが、その時に取ってくれた写真。カワイク取れていた。ありがとうBさん。


9月2日
この日の夕方にユミは無事にNICUを脱出し、私と同室に。だがしかし、まだ黄疸がひどいためPhoto Therapyを部屋で受けることに。
Photo Therapyとはなんぞや・・・と思いきや、部屋にたいそうな機会が運ばれてきた。紫外線を体に当てて黄疸を減らすんだそう。紫外線は目に悪いので、目隠しをされて紫外線の下に置かれたユミ。この目隠しがとにかくイヤみたいで、まだ思うように動かせないはずの手を懸命に動かしてこの目隠しを取ろうとする。一度は成功してしまった・・・
そうなると、もう気になって眠れない。ユミの手をつかんでウトウトするが、ちょっと声がする度に気になって目がさめてしまう・・・ちょっとした泣き声で部屋に泊まっている旦那も起きてしまう。親子3人でこんな思いをしてるんだから、このPhoto Therapyとやら効いてくれよ・・・


9月3日
そして迎えた翌朝・・・そろそろ家に帰りたくなってきた。あまりにもユミが嫌がるので、Photo Therapyは一旦中止。これで黄疸の数値が良くなっていればもうしなくていいそう。逆に言うと数値が悪ければまた眠れぬ夜を過ごすことに・・・頑張れ数値。
そうこうしているうちに、耳の検査をするCorpsmanがやってきた。頭にモニターをつけて音を聞かせ、脳波が反応しているか調べるそう。耳は聞こえているよう。
そして夕方。とりあえず私はDischarge(退院の許可のこと)された。痛み止めを山のようにもらう。これでユミの数値がよければ晴れて家に帰れる。数値が悪ければまた一泊。
結果は・・・数値が基準を下回っていたので、家に帰れる!ただ翌日にPediatricianに会って数値を再び確認しなくてはいけないらしい。
こうしてユミは初めて服を着て外の世界へ・・・ようこそ我が家へ。赤ちゃんとの新しい生活が始まりました。

Tuesday, September 6, 2011

出産!後編(8/31)

30日の朝破水して、そのまま入院して、ついに病院で日付が変わりました。それでは出産までの経過の続きを・・・


8月31日


1:05 AM
Epiduralが効いて陣痛中でも眠れるというすばらしい環境で、ただひたすら子宮口が開いて出産可能になるのを待っていると、ナースとMidwifeがやってきた。さっきの検査から3時間たっているので再び子宮口の様子を見にきた。今のところ6 cmで児頭位置+1。3時間前より1センチだけだが一応Progressはしてるということで、後1時間様子を見ることに。


2:00 AM
再び子宮口をチェックするが1時間前と変わりなし。ここまで順調に来ていて通常であればこのままお産が進むのを待つのであるが、破水をしていると雑菌に感染する恐れがあるのでできるだけ早くお産を勧めたい・・・とのことでPitocinという促進剤を入れることに。
これは点滴から入れました。が、Epiduralが効いていたのでかなり大きな陣痛が来てましたが、特に苦しい思いをする事もなく、かなり寝る事もできました。体力はかなり温存できたと思う。


6:00 AM
夜が明けてきて子宮口が8cmまで開いてきました。児頭位置も+1・・・いよいよかな?


8:30 AM
夜勤明けのシフト交代で新しいナースがやってきて再度子宮口を確認、9cmまでいっていて赤子が下がってはきているけど、上向き(つまり私のへそのほうを向いてる)ことが判明。とりあえず後1cm開くまで様子を見ようと言うことで。


11:30 AM
今度はMidwifeではなくドクター(しかも男、珍しい)が来て子宮口を計る。ついに10cmになったので、Pushing(日本で言ういきみ)開始の許可が出る!
この時点で、昨日入院が決まってからすでに24時間経過。正直、Epiduralがなくてこの間ずっと陣痛だったら・・・想像するだけで恐ろしい。
ナース2人と旦那に囲まれてPushing開始。長くても3時間ほどで出産になるそう。8月生まれになっちゃうな、でももうここまで来たらなんでもいい。無事に出てきてくれ。


陣痛が来るタイミングで大きく深呼吸、そして大きく息を吸って10秒間止める、その間にいきむ。そして10秒たったら息を吐いて、また大きく息を吸って10秒・・・を1回の陣痛の間に3-5回繰り返す。
まずは上向きで両足を開いてPushing、そして横向きの体制で。左向きと右向き。そのあとスクワットの体制でタオルをバーに引っ掛けてそのタオルを握り締めながら・・・・などと色々姿勢を変えてやってみた。
Epiduralが効きすぎて陣痛のタイミングが分からなくなってきたので、ちょっとEpiduralを緩めてもらう。でも痛いのなんのって、Epiduralをちょっと緩めただけなのに痛みでPushできないかもと思うくらいの陣痛だった。
でもどんだけPushしても出てくる気配がない・・・一応赤子が下がってきているのは分かるんだけど、進んでない。そうこうしてるうちにドクターがやってきて赤子の位置を確認。上を向いているのでPelvis(骨盤)を通れないのだそう。ドクターが数人やってきて、赤子を回転させようとするが回らない。頭は回るけど体が回らないらしく、体がそのままなので戻ってしまうそうだ。どうやら回旋異常を起こしているらしい。赤子が大きいのも原因のよう・・・
とりあえず、上向きでも産めないことはないのでPushしてみようということで頑張る。でもなかなか進まない。そして3時間が経過。最初に長くても3時間で生まれてくるって言ったよね・・・
私も疲れてきて、VacuumかForcepsをお願いしようかなと考え始めたころ、いきんでいる最中に気分が悪くなって吐いた。吐くと言っても昨日からアイスチップしか食べてないので、苦い胃液が出てくるのみ。。。あー気持ち悪い。


2:30 PM
3時間経過してみんなが焦ってきたっぽい。時間がかかりすぎると母体の体力もかなりきついそうだ。また別のドクターがやってきて赤子の位置を確認。Pelvisに入ってはきているが、今度は横向き(左側を向いてる)とのことで90度回そうとするが・・・うまくいかない。
そのドクターからVacuum(吸引)とForceps(鉗子)のオプションがあるが、今回の場合横向きなのでForcepsは使えないとのこと。Vacuumをトライできるが、これがうまくいかなければC-section(帝王切開)になること、またVacuumを使うと母体が大量に出血する可能性がある事、またあくまでも補助器具であるので私がPushする必要がある事、また頭を引っ張るので頭に内出血を起こす可能性がある事を説明される。内出血した場合、本当にひどくなる可能性は低いとのことで、さすがに3時間半もPushし続けているので体力も消耗しているし、Epiduralが弱くなってきているので陣痛がきつくなってきていたのでVacuumでお願いすることにした。


決めた途端、周りが騒がしくなった。施術してくれるOB(産科医)ドクターたち、生まれたときに問題がないか確認するPediatrician(小児科医)たち、Anesthetist(麻酔医)たち、ナース、Midwife、そして見学の学生まで部屋に入りきらないほどの人たちが入ってきた。
吸引具を産道に入れ、陣痛が来たところでPush。これを何回か繰り返しOBが引っ張っているのが見える。そこでポンッと音がして引っ張っている力が抜けた。生まれたかと思いきや、吸引器具が外れただけだった・・・そのあと2人のOBが交代で合計4回ほど施術したが、同じ結果。4回目はかなり近くまで来ていたらしく、外れた瞬間に私の右手右足に血が飛び散った。多分私の血だろう。このままどうなるんだろう、と思っていたらOBが首を振った。もしかして子供に何かあった?と思って凍り付いていると一言「Babyは大丈夫。でもこれ以上は無理だからC-section(帝王切開)になります」。え?今なんて?って思っているうちに周りがもっと騒がしくなった。麻酔医がやってきて、これからEpiduralをさらに多めに入れて手術に望むこと、手術のために点滴を増やすことなどを説明される。ナースがやってきて黄色い液体を渡され、手術のために飲めと言われる。たぶん胃腸かなんかの薬だと思うが、かなり動揺していたので何のことかよく分からないまま一気飲みした。めっちゃまずい。そしてその分娩しようとしていたベッドのまま手術室へ・・・


3:30 PMごろ
ついに手術室へ。Epiduralを大量に入れられて、背中に冷たい感触が。そして胸から下の感覚が何もなくなったが、両腕がやけに寒くて震えがとまらない。唇も震えて歯が合わなくなってきた。頭の辺りにいた麻酔医たちに寒いことを訴えるも「通常の状態だから大丈夫」と言われ両腕と顔を暖める努力はしてくれた。それでも寒い。寒くて震えが止まらない。もしかして寒いんじゃなくて震えてるのかもしれない。首の前にはカーテンが引かれて何が起こっているかはさっぱり分からなくてとにかく不安。早くここから出たい・・・そればかり考えていたら、旦那が手術立会い用の白衣を着て入ってきて私の枕もとに座った。もう手術は始まっているらしい。確かにおなかのほうで何かを感じなくもない。
旦那にとにかく寒いことを訴える。腕をさすってくれるが特に暖かくなるわけではない。が、頑張れ頑張れと言われる。正直今私はまな板の上の鯉状態で頑張るってのはちょっと。。。と思う余裕はあった。
そして旦那が何か言った。「聞こえる?」と聞いて来た。産声が聞こえた。


4:41 PM
娘が誕生した。


産声が聞こえた後旦那が呼ばれていった。へその緒を切らせてもらえるらしい。旦那が呼ばれていった後、とにかく終わったんだと思ってホッとした・・・
旦那が娘と共に戻ってきたところで起こされた。ホッとして5分ほどの間に眠ってしまったらしい。娘と旦那と写真を撮り(といっても私は寝転がっているだけだけど)、娘はNICU(新生児集中治療室)へと運ばれていった。Vacuumの影響で頭の部分が内出血しているらしい。心配だが、私はまだ手術室で寝転がっていて、お腹を縫ってもらっている。ここは旦那に任せよう。






その後私はリカバリールームへ移され、術後の経過を見るために色んな装置をつけられてまだ寝転がっていた。ここにあと2時間いたあと、入院する部屋へ移動らしい。
旦那がNICUから戻ってきた。色々検査しなくてはいけないことはあるが、とりあえず一刻を争う状態ではないということで、安心したようでまた眠ってしまった。


このあと入院の部屋に移り、痛み止めを山ほど飲まされて眠りについた。
明日の朝には麻酔も切れるからNICUにも行けるはず。


長くて予想外の展開になった出産でしたが、とりあえず出産は出来ました・・・私の妊婦生活もここで終了です。新米ママになりましたが、まだ実感がなくて変な感じです。

Friday, September 2, 2011

出産!前編(8/30)

ついに産まれました・・・破水から38時間、ながーい1日というか2日というか。
忘れないうちに、時系列でまとめてみたいと思います。まずは1日目から。


8月30日
2:30 AM ごろ
生理痛のような痛みで目が覚める。間隔を測るが8分・9分・12分などバラバラ
そうこうしてるうちに何かがニョロっと漏れ出す感覚があった。尿漏れではないと確信があったのでトイレへ・・・血の混ざったおりものが出ていたのでおしるしかな?と思い再びベッドへ。


5:00 AM
結局この時間まで陣痛らしき痛みが続く。が、間隔がどんどん広がっていき最終的には寝てしまう。


8:00 AM
まだほんの少量の出血は続いていたのでとりあえず旦那を起こす。事情を説明し再びトイレに行こうとしたところでかなり大量の何かが漏れる感じがする。
どうやら破水かも、ということで病院へ電話。「とりあえず生理用ナプキンを当てて1時間様子を見てナプキンがすごく濡れるようなら病院へきてください」といわれる。今すぐじゃなくていいんだ・・・アメリカコワイトコロデース。
とりあえず軽く朝食を食べ、旦那と母の準備が出来るのを待って病院へ出発。陣痛が来てないので家に帰されるかな?と思いつつ。念のため用意した入院道具一式は車に乗せることに。


9:30 AM
病院到着。歩くたびになにかが漏れる感じがしてかなり不快。
Triage Room(お産の準備が出来ているか進行を確認する部屋)が一杯とのことで1時間ほど待たされる。これ陣痛とかがきつくなってきてたら辛いだろうななどと考える余裕もまだあり。


10:45 AM
Triage Roomへ。ここで下着を脱いだり準備をしてまた待たされる。そうやって待っている間に、さっきまで少しだったのにドンドン羊水がでてきた。
そうして待っている間にドクターが現れて「破水してるか見ますねー」って言いながら私の上にかかってるシーツをめくった瞬間、「あ、してるわね」。相当出てたみたい。
破水したのでInduced Labor(陣痛促進)をするとのこと。怖いなぁ。


11:30 AM
LDR(Labor & Delivery Room)へ移動。日本は陣痛と出産と別の部屋ですることが多いみたいだけど、アメリカでは同じ部屋でそのまま産みます。この日あいているLDRはこれで最後とのこと。Nurseに質問を色々されBaby Monitor(心音と陣痛をはかる)、血圧計をつけ、IV(点滴)を入れる。アメリカではLaborが始まったら一切の飲食は禁止、唯一口にしていいのはアイスチップ(小さく砕かれた氷)のみ。これは出産間近の時の吐き戻しを防ぐためと、緊急の場合麻酔をするために胃をからにしておく必要があるそう。なので出産まで点滴はつけっぱなしだそうです。さらに、緊急の処置の時に針を刺さずに中身をかえるだけで作業が出来るための点滴でもあるようです。
そしてどういう処置にするかを聞くためMidwifeを待ちますが・・・とても忙しいらしく誰もなかなかやってこないまま待ちの状態。聞くとこのLDRは本日最後の空室だそう。出産ラッシュなのかな。
さらにこの間に麻酔科医がやってきて無痛分娩の説明をしてくれた。そして、コンセンドフォームに今サインしておけば、もし計画していなくても無痛にしたくなった時にすぐ用意できると。私は最初から無痛分娩するつもりだったのでそそくさとサインしました。ただ薬が効かない人もいるらしく、私の友人に効かなかったという人がいるので、それはちょっと不安・・・


2:00 PM
Midwife(助産師)がついに診察にやってきた。子宮口は指一本分ほど開いているそうだが、まだまだ硬いとのこと。陣痛を進める前に子宮口をやわらかくする必要があるとのこと。そしてそれがうまくいって子宮口が開けば陣痛促進剤でお産を進める、やわらかくならなければ破水しているのであまり猶予がないので他の方法を考える、とのこと。
そしてCytoxという薬を飲むらしい。この薬は胃潰瘍に元々使われる薬らしいが、子宮口をやわらかくする副作用があり妊婦には禁忌の薬だとか。


2:30 PM
ナースがCytoxを持って来てくれてびっくり。なんと小さな錠剤がさらに半分に割られていた。こんな小さいのでホンマに聞くんかなと思いつつ薬を流し込む。
この時点で一度旦那を家に帰した。この日はミリタリーの制服で学校に行かなくてはいけない日で、病院に行くと決めた段階ですでに制服を着ていたのと、破水じゃなかったらそのまま学校に行くつもりにしていたので、私服に着替えて出てきてもらうことにした。あと、母も旦那も病院に来て以来何も口にしていなかったはずなので、昼食も買ってくることに。私は食べられないんだけどね・・・
Cytox服用後4時間の子宮の硬さで今後の処置を決めるとのことだったので、この間に陣痛が起こることはないだろう、という読みで2人に出て行ってもらったのですが・・・なんとこのあとすぐに少しずつ陣痛っぽい痛みが始まりだしました。


4:00 PM
だんだん陣痛がひどくなってくる。最初は1分くらいの痛みが8分おきくらいで、痛みは生理痛のひどいみたいな感じ。痛みの間は何も出来ないくらい痛いが間隔があいているのでまだ我慢できるかと思いつつMidwifeが4時間様子を見るといったのでこのさき2時間半後のことを考えるとちょっとぞっとする・・・
ちょうどその時ナースからNarcoticを勧められた。これはChild Birthのクラスでも聞いたが、痛みを取り除くというよりも痛みを減らす(英語で痛みの角をとるといわれた)薬らしい。痛みが少しずつ増していたのでやってもらうことにした。
最初点滴に入れるときに「クラクラするからクラクラし始めたらいってね」といわれた。入れて2分くらいしたらクラクラ本当にしてきた。そして痛みはあるのだが、テンションが上がるというかなんと言うか、楽しい気分になってきた。Narcoticを辞書で調べたら「1.麻薬」と書いてあった。どうりで楽しい気分になるわけだ(笑)


5:30 PM
そうこうしているうちに、だんだん痛みがひどくなってきてその上5分くらいの痛みが2分くらいに来るようになってきた。それが痛いのなんのって、のたうち回るような痛み・・・。痛みが来るたびに旦那が腰をマッサージしてくれるが、痛みが多少は和らぐが、それではどうにもならないくらい痛い。とにかく痛い。
見かねた旦那がナースに連絡して、Epiduralを入れれるか聞いてくれた。一応4時間は待てといわれたし無理だろうなと思ったけど、とりあえずMidwifeに聞いてくるといってくれたので返事を待つことに・・・その間にもまた痛みがやってくる。つらい。


そうこうしているうちにナースが部屋に来た。なんと誰かを連れて・・・麻酔医!ナースも麻酔医も神に見えた。。。
準備に時間がかかるけど20分くらいだし、準備できたら5分で完了するからね、といわれる。準備のため背中をあけベッドに腰掛け、麻酔医に背を向けます。これで背骨に針を入れてそこから麻酔の薬Epiduralが入れられます。
腰を消毒しまずは周辺に軽い麻酔を入れます。実際に背骨に針を入れるのは結構痛いらしく、そこで動くとかなり危ないことになるらしいのでこうして先に麻酔させるそう。
そして背中にテープがあちこちに張られ、いよいよ準備完了。背骨に針を入れます。この作業の間絶対に危険だから動くな・・・と言われますが、なにせその間に陣痛が来るのが痛くてたまらんのだ。対策として私の目の間に旦那を座らせ私の手を握らせる。そして痛くなったら我慢するために手を思いっきり握ってもいいと。その間本当に辛かったけど、これを我慢すればこの痛いのから解放されるのだと思ってとにかく我慢我慢我慢。
針を入れ終わったらまずテスト分だけど注入し、その後薬を投入。薬を入れるときには背中がつめたーい感じになったが、それはこれから薬が効いてくる証拠なのだそう。早く効いて欲しい!


6:00 PM
気がついたらかなり長い間痛みから遠ざかっている気がする。旦那にモニターを見てもらうと、かなり大きい陣痛が2分おきにきているそう。でも、全然痛くない。Epidural最高かもしれん。


6:30 PM
再びナースがやってきてEpiduralの効きについて聞かれる。そして膀胱にカテーテルを入れるとのこと。下半身の感覚が麻痺するので、尿意も全く感じないそう。カテーテルを入れるのもまったく痛くない、というか何も感じない・・・
でも尿意がないということは便意は?もらす事もあるかもしれないが、あの痛みを我慢するのならちょっとくらい恥ずかしい思いをしてもいいかと・・・2つを天秤にかけたら間違いなくウンコをもらすことを選ぶ。それくらい痛かったのよ、陣痛が。
促進剤を入れると急に痛みが増すので、自然にくる陣痛に比べて痛みを感じると聞いたことがあったが、どうやら本当のようだ。


7:15 PM
再びMidwifeがやってきて、Cytoxの効き目を確認しに来た。私はすでに破水をしているので、感染のリスクを防ぐため出来るだけ子宮口チェックを少なめにしているのだそう。いずれにしても子宮口チェックは痛いのでいいのだが・・・
そして実際に子宮口のチェックが始まる。膣に手を入れられても、子宮口を触られても何も感じない・・・すごいぞEpidural!
この時点でかなり子宮口はやわらかくなりそして3cm開いているとのこと。薬が効いてお産が進んでいるらしい。すばらしい。ち内に児頭位置は-3。


9:50 PM
再び子宮口のチェック。ここでナースとMidwife共に昼シフトから夜シフトの人員に交代。「私たちが居る間に生まれるかしらー」って言われたけど、朝7時までには産まれるのかな?
今度は5cmまで開いてきた。確実に進んでいるのでこのまま陣痛促進せずに様子をみることに。とりあえず本日の出産はなさそう。この時点で児頭位置は-1。


このEpiduralの唯一の欠点は、とにかく足が何も感じないのでずっとベッドの上に居なくてはならず何をするにも人の手が必要なのこと。幸い旦那と母と2人居るので色々頼めて本当に助かる。カテーテルを入れてるのでトイレにも行かなくてもいいし、陣痛がきていても仮眠を取る事もできる。
ものをとってもらったりといった所用を誰かに頼むというのがクリアできれば、出産には最高の選択だと思う。痛みを感じて始めて母親として認められるっていう考え方もあるけど、時間のかかるお産でも体力を温存できるし、付き添いの家族も痛みがなくなることによって安心している気がする。私としてはEpiduralはお勧めします。ま、人により事情が違うし薬の効きも違うので一概には言えないかもしれませんが・・・


と言うことで初日はこれにて終了。出産に向けて2日目がスタートします。
続きは後編にて。